掛け算のスタートは「0」じゃない?音符や宇宙から眺める「0と1」の不思議な境界線
中1の宿題で大混乱。「使わないのに、なぜ0じゃなくて1なの?」
先日、中学1年生になった子どもの数学の宿題を見ていたときのことです。
「素因数分解を使って、約数の個数をサクッと求める方法」
について考えていたのですが(もっと他にテストに出そうな問題はたくさんある…)、そこで大きな疑問にぶつかりました。

数学の解き方なるほどブログではないです。
算数も数学も詳しくありません💦
問題に取り組んで頭に浮かんだ「想像」と「気持ち」のエッセイです。
さて、簡単に求められる計算のルールとして、
出てきた素数の累乗(2乗とか3乗とか)の数字(指数)に、なぜかそれぞれ「1」を足して掛け算するという決まりがあります。
(例1) 102の約数は何個ある?
因数分解すると、102=2×3×17
→102=2の1乗×3の1乗×17の1乗
指数それぞれに1を足して、かける。
(1+1)(1+1)(1+1)=2×2×2=8 答え8個
(例2) 96の約数は何個ある?
因数分解すると、96=2×2×2×2×2×3
→96=2の5乗×3の1乗
指数それぞれに1を足して、かける。
(5+1)(1+1)=6×2=12 答え12個

小学校で習ったやり方で、約数をすべて書き出して数えてみると、確かにその通り。
色々調べていくと、その「1を足す」の正体は「その数字(パーツ)をまったく使わない組合せパターン(0乗のパターン)の分」のことだと分かりました。
ここで、数学の世界の不思議なルールが登場します。
数学では、2の0乗も、3の0乗も、100の0乗も、すべて「1」になるという決まりがあるのです。

えっ? 使わないんだから、0じゃないの!?
⬆️これが私たち親子の感じた「?」です💦
中1の4月に正負の数を習い、何度も数直線を書いては、0は通過点という感覚を持った子供は特に。
子どもと一緒に、私の頭の中にも巨大なハテナマークが浮かびました。分かったような、分かんないような。
使わない=ゼロ、という感覚はとても自然だと思うのですが…。

着色料ゼロ、糖質ゼロ的な。

電車も車も使わずに歩けば、運賃もガソリン代もゼロだよねぇ
掛け算や割り算の世界では、その直感がちょっと邪魔をしてしまうのです。

音符で考えるとスッキリ!掛け算の「ニュートラル」は1である

2が、2の1乗だってことは感覚的に分かるけど…
この「0乗がなぜ1なのか」という謎、実は私が大好きな「音楽」の仕組みに例えると、もの凄くスッキリと納得することができました。
楽譜のなかに、まだ何もリズムが刻まれていない、空っぽの「一小節」があると想像してみてください。
そこにあるのは、まだ何も分割されていない丸ごと一つの大きな音、「全音符(=1)」です。

ちなみに、全音符=4つ伸ばす、と思っている人もいるけど、
全音符の意味は、「一小節全拍分伸ばす」です。
なので、四分の三拍子なら四分音符で3拍分だし、八分の六拍子なら、八分音符で8拍分伸ばします。
まず、一つの小節が存在する。
ここから、細胞分裂のようにリズムを細かく分けていきます。

全て、四分の四拍子一小節内の出来事です。
⭐️まず全音符が一つある。(光あれ、的な)
そして、そこから
①1回目の分裂:1回切ると(真ん中で)、2つの音になる(二分音符=2の1乗)
②2回目の分裂:さらに半分に分裂し、4つの音になる(四分音符=2の2乗)
③3回目の分裂:さらに半分で、8つの音になる(八分音符=2の3乗)
④4回目の分裂:さらに半分で、16個の音になる(16分音符=2の4乗)
⑤5回目の分裂:さらに半分で、32個の音になる(32分音符=2の5乗)
こうして見ると、回数を重ねるごとに2倍、2倍と増えていくのが「累乗(2の◯乗)」の正体です。

ドラえもんの道具の中でも恐怖を感じるもののひとつ、それは
「バイバイン」
では、時計の針を逆に巻き戻して、「まだ1回も分裂していない状態(0回目の分裂=2の0乗)」に巻き戻したら、そこには何が残っているでしょうか?
そう、何も刻まれていない、最初のベースである「全音符(=1)」が残っていますよね。
もしここが「0」になってしまったら、一小節そのものが消滅して、音楽をスタートすることすらできなくなってしまいます。
車のギアでいう「ニュートラル(どこにも繋がっていないけれど、エンジンはかかっている状態)」が、掛け算の世界では「0」ではなく「1」なのです。
まず「1」というスペース(存在)があるからこそ、私たちは掛け算の世界を広げていくことができます。

世界を動かす「0と1」のドラマチックな例たち
この「0(ない)」か「1(ある)」かという問題は、数学の教科書を飛び出して、私たちの身の回りのあらゆる面白い現象に繋がっています。

少し視界を広げて、
世界に転がる「0と1」の例をのぞいてみましょう。
① コンピュータが見ている世界
私たちが毎日使っているスマホやパソコンは、信じられないほど複雑な計算をしていますが、実はその頭の中は究極にシンプル。
すべての情報を「0」と「1」の2つの数字だけで処理しています(バイナリ世界)。
電気のスイッチが「オフ(0)」か「オン(1)」か。
その無数のスイッチの切り替えだけで、動画を流したり、ゲームを動かしたりしているのですから、まさに「0と1」が作った魔法の世界ですね。

② 宇宙の始まりと「ビッグバン」
宇宙物理学の世界でも、最大の謎は「0と1」の間にあります。
いまから約138億年前、宇宙は「もの凄く小さな、一点」から爆発的に膨張して始まった(ビッグバン)と言われています。
じゃあ、その爆発する前の前、「宇宙が始まるその瞬間」は一体何があったの? という疑問です。
まさに、時間も空間も物質も全く存在しない「本当のゼロ」から、どうやって最初の「1(物質)」が生まれたのか。
科学者たちは今も、この「0から1への大ジャンプ」の謎を追い続けています。
③ ひとりぼっちの「ロンサム・ジョージ」と、物質が消えるとき
生物や物理の世界における「0と1」は、時に息をのむほどドラマチックな境界線を見せてくれます。
まずは、ガラパゴス諸島に生息していたピンタゾウガメの最後の生き残り、「ロンサム・ジョージ(孤独なジョージ)」のお話。
どれだけ探しても仲間が見つからず、世界に「1匹だけ(1)」生きていたジョージが2012年に旅立った瞬間、その種族のカウントは「ゼロ(0)」になり、地球上から完全に絶滅しました。
生物にとって、この「1」と「0」の間には、二度と戻ることのできない絶対的な境界線があります。

説滅危惧種は特に、その細胞を研究機関が冷凍保存していますが、
今回は生きた個体の自然数(1〜)と、存在しない状態(0)で考えます。
これは、私たちが生きるこの宇宙そのものにも言えることかもしれません。
もしも、この世界にあるすべての原子が、パチパチと余ることなく完璧に化学反応を起こし、すべてが「熱(エネルギー)」へと変わり尽くしてしまったら――。
そのあとは、物質の粒が「1」すらも存在しない、完全な静寂と虚無の世界。つまり、この世そのものが文字通り「ゼロ」に還って消滅してしまうことになります。
たった一つの「余り」や、ポツンと残された「1」があるからこそ、私たちは世界を形作り、生命を繋ぐことができています。

一つの細胞から自分をコピーできる生物もいますが、カメや人間にはできません。
今回は0か1か論ですが、1と2の関係も同じく深いですね。

3以上は無限大と言える、
って聞いたことある…
生物の命も、宇宙の物質も、「1」という最後の砦があるからこそ、いまここに踏みとどまっていられるのです。

割り切れたら何もない。
割り算の余りの1あってこその
「存在」だねぇ

まとめ:まずは「1」があることのありがたさ
私は文系なのでwwwどうしても人文的にしかまとめられないのだけれど…
子どもへの数学の教え方から始まった、今回の「0と1」をめぐる妄想。
天秤に乗せて重さを比べることはできないけれど、「ない(0)」と「ある(1)」の間には、宇宙がひっくり返るほどの大きな意味の違いがありました。
「使わないからゼロ」ではなく、
「まだ何もしていない、まっさらな1がそこにある」。
明日、楽譜を開いて全音符を見たときや、台所で新しくパンの細胞を分裂(発酵)させるとき、また、発酵後に2つ、4つ、8つ、16に切ってバターロールにする際に、
その最初のはじまりの「1」の存在を、いつもより少し愛おしく感じてしまいそうです。
中学生はなにせ忙しいですからね、また忘れた頃に「2の0乗はなぜ1か」を聞かれたら、今度は自信満々に「それはね、まだ誰も叩いていない、最初の一小節だからだよ」と、ドヤ顔で教えてあげようと思います。



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