​【前編】羞恥心と狂想曲(カプリチョーザ)の狭間で:『ルナティック雑技団』宝塚大劇場公演・舞台稽古

専業主婦のエッセイ

ウエクミ×ヒャダインが描く、美と毒のデッドヒート。

地下鉄の車窓に映る、まともな格好をした私。

その胸の内で、今まさに『ルナティック雑技団』の幕が上がる。羞恥心を捨て去る前の、この一瞬の静寂こそが、私にとっての『最後の咆哮』なのだ。

今年の正月、この妄想キャスティングで大笑いしながら夜更かししました。

ヤバいよヤバいよ〜

​​1. イントロダクション:2025年、3COINSが証明した「同志」の熱量。

「知らないはず」という淡い期待と、隠しきれない情熱

3COINSの店頭。​りぼん70周年の衝撃

2025年、創刊70周年を迎えたりぼんとスリコのコラボ。名だたる伝説の少女漫画の中で、真っ先に完売したのは……そう、私たちのバイブル『ルナティック雑技団』でした。

わたしもこっそり参戦。そこには、数十年前に『りぼん』を握りしめていたかつての少女たちが、中年となって集結していました。​

狙うは、あの伝説の『ルナティック雑技団』グッズ。すでに売り切れの商品も。

しかし、いざ商品を手にレジへ向かう際、ふと我に返るのです。「……恥ず…」

そんな時、目の前に現れた救世主(レジ係)は、明らかに平成後半生まれであろう、若いお姉さん。​

「(よし、この子ならきっと知らない……!ただのシュールなデザインのグッズだと思っているはず。

私の青春の毒も、バレていない。)」​そんな勝手な安心感に包まれながら、平静を装って会計を済ませる私。

でも、もしあのお姉さんが「これ私も好きです…」なんて匂わそうものなら、そのまま宝塚の配役会議に誘っていたかもしれません。

​2. 作品紹介:なぜ「ルナティック」は宝塚にふさわしいのか

☑️作者: 孤高の天才・岡田あ〜みん

行方不明説も囁かれたり、さくらももこ訃報の際も表に出てこなかったが、実際、新装版やコラボグッズが販売されていることから、現在は集英社と連絡が取れる状態と推測。

​☑️テイスト: 少女漫画の皮をかぶった「美と狂気のノンストップ・コメディ」。​

主役は女子中学生(ツッコミ)だが、相手役をはじめ、周りは男役が固めやすい。

☑️鑑賞のツボ: 登場人物全員が「大真面目に狂っている」こと。

この「大真面目」こそが、宝塚の舞台機構(大階段、銀橋、オーケストラ)と最高の相性を誇ります。​

☑️時代背景: バブルの残り香と、少女漫画特有の「耽美」が混ざり合ったカオスな時代

その過剰なまでのエネルギーは、一本物の大作ミュージカルに最適です。

​「バナナの皮で発電できないか?」と本気で考えてみた。――幼稚園のバナナ100本事件と、私なりの環境論。

なぜ「りぼん黄金期」こそが宝塚の勝機なのか】

​客席を埋め尽くす「かつての乙女たち」の咆哮

現在の宝塚歌劇団の客席を見渡せば一目瞭然です。

ボリュームゾーンは、酸いも甘いも噛み分けた「中年層

そしてその背中を見て育った若年層や、さらに上の世代。

つまり、客席の大多数は『りぼん黄金期』の洗礼を受け、250万乙女のひとりとして育ってきた世代なのです。

​「少女歌劇」の原点回帰 ― なぜ『りぼん』の深淵を覗かないのか?

​近年の宝塚は、LDHとのコラボなど若年層(10代)の取り込みに余念がありません

その挑戦は素晴らしい。けれど、私たちは問いたい。「宝塚は、少女歌劇団ではないのか!?」と。

トキメキが大渋滞、面白かったけどね‼️FABULOUS!

​確かに『花より男子』は上演されています。

でも、すべての乙女が道明寺に恋をしていたわけではありません。

普通に、学校内や制服でのバイオレンスは引いてしまう…

私たちの血肉となっているのは、もっとドロドロとした自意識や、腹の底から笑える「ギャグ」のエネルギー

​「花男」より「あ〜みん」:ギャグ漫画こそが宝塚の様式美

キラキラした王道ラブストーリーも良いけれど、私のような「ギャグ漫画好き」の魂が求めているのは、「大真面目に狂う」ことの美学です。

皆さん、予科顔の出番です!

耐えましょう。

宝塚のあの豪華な衣装、大階段、オーケストラ。これらすべてを動員して、あ〜みん先生の狂気を全力で肯定する。

それこそが、今、劇場を支える黄金期世代が最も求めている「心の咆哮」ではないでしょうか!!

だって…、宝塚で水戸黄門マツケンサンバをしっかり歌い踊って、RRRは2回目だよ!?

いいじゃん!ルナティックやってよ〜〜〜www

コンサートの一部でも良いから…(ToT)

​【前編まとめ】「静」から「動」へ。私たちは、まだ咆哮の途中にいる。

​LDHコラボも素晴らしい。王道の『花男』も華やかだ。

けれど、かつて『りぼん』を握りしめ、今は大劇場の客席に座る私たち世代が、心の奥底(それこそ地下鉄の無表情な顔の裏側)で飼いならしているのは、もっと毒の効いた、けれど愛おしい「あ〜みん的な狂気」ではないでしょうか。

​宝塚という「究極の様式美」を誇る舞台で、もしあの『ルナティック雑技団』が上演されたなら……。

それはもはや単なるコメディではなく、私たちの失われゆく「乙女の自意識」を救済する聖歌(讃美歌)になるはずです。​

「なぜ、今、宝塚であ〜みんを上演すべきなのか」。

その理由は、スリコのレジで震えながら(大げさ)グッズを差し出した、あの日の私の羞恥心の中にすべて詰まっていました。​

さて、脚本・演出・音楽の布陣は!?

2本立てなのか、一本物か!?

肝心要キャスティング…。誰があのマダムを、あの森夜を、そしてゴロミを演じるのか!?

ヤバいのはわかっちょる!

(マグルは黙っちょれの言い方で読もう)

​――次回、魂のキャスティング論争(完全独断・明日海世代編)へ続く

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