はじめに:あふれる「早期教育」の広告と、親の焦り
「2歳で時計が読める」「3歳で九九が言える」。
SNSや広告で目にするこうしたフレーズは、親にとって大きなプレッシャーになります。
「うちの子も早く始めなきゃ、無限の可能性を潰してしまうかも……」と、躍起になってしまうこともあるかもしれません。
しかし、わが家ではあえて、こうした「目に見える早さ」を追いかけない選択をしています。それは、「子供の可能性」という言葉を、別の角度から捉えているからです。
小学校に入れば「横一線」になるという現実
教育熱心な時期には意外と見落とされがちですが、一般的に、小学校1年生になった時の知的レベルは、だいたい同じくらいになると言われています。
2歳で時計が読めても、3歳で九九が言えても、6歳になれば多くの子ができるようになります。
驚異的な成長を見せる子は稀にいますが、ほとんどの場合、早期教育は「ゴールに早く着く」ためのものであり、「ゴールの質を変える」ものではないことが多いのです。
では、1年生でみんなが同じラインに立った時、何がその後の「差」になるのでしょうか?

例外としての早期教育―「時期」が重要な能力もある
もちろん、早期教育のすべてを遠ざけているわけではありません。ただ、「今この時期にこそ、より豊かに育つ芽」を見極めることが大切だと思っています。
中には「その時期にしか伸ばせない能力」も存在します。
その代表的な例が、「絶対音感」です。
絶対音感(基準となる音がなくても、パッと聞いただけで音名が分かる能力)の習得は、聴覚が発達する6歳頃までがリミットであるという説が有力です。
一方、一つの音をヒントに他の音を判別する「相対音感」は、大人になってからでも鍛えることができます。
実は、私は娘に絶対音感のトレーニングを行い、実際に身につけることができました。
それは「詰め込み」ではなく、環境の「セレクト」
「トレーニング」と聞くと、机に向かって猛勉強する姿を想像されるかもしれませんが、音感トレーニングについては、実際は全く違います。
やったことは、とにかく毎日コツコツと「音を聴く」「歌う」という環境を作ったこと。
暗記や計算のような学習ではなく、暮らしの中に「良質な音の選択肢」を置くという、まさに「種まき」に近い感覚でした。(※このトレーニングの具体的な内容については、また後日、別の記事で詳しく書きたいと思います)
こうした「一生に一度のチャンス」と言える時期を大切にすることと、焦って知識を詰め込むことは、似ているようで全く別物だと考えています。

本当に育てたいのは、目に見えない「根っこ」の力
小学校1年生でみんなが同じラインに立った時、本当の意味でその後の伸びを支えるのは、テストでは測れない「目に見えない根っこの力」です。
非認知能力と呼ばれます。
これは特別な教室で教わるものではなく、「日常の何気ない生活」の中でこそ育まれるものだと考えています。
1、自分に自信があるか: 周りと比べず「自分はこれでいいんだ」と思える確かな自己肯定感。
2、自分で考えることをしているか: 指示を待つのではなく、日常の小さな困りごとを自力で解決しようとする姿勢。
3、観察力があるか: 散歩道の草花の変化や、空の色に気づける繊細な目。
4、知ることは楽しいと感じているか: 学びを「作業」ではなく、ワクワクする「発見」と捉える心。
5、探究心があるか: 「なぜ?」をどこまでも突き詰めるエネルギー。

親の役割は「教え込む」ことではなく「環境を整える」こと
こうした力は、ひたすらゲームやYouTubeで時間を潰していては、なかなか芽を出しません。
前回の投稿でお話しした通り、受動的な刺激に浸る時間は、子供が自ら「なぜ?」と問い、考察する貴重な機会を奪ってしまうからです。
だからこそ、親ができることは「教え込む」こと以上に、「見守り、さりげなく、よいものをセレクトして差し出す」ことだと思っています。
素朴な疑問を拾い上げる: 子どもの「どうして?」に対して、すぐに答えを与えたりスルーしたりせず、一緒に図鑑を広げたり、観察したりする。「自ら興味を持つ瞬間」を逃さない: 子供が何かに目を輝かせた時、それがたとえ勉強とは無関係に見える「石拾い」や「虫の観察」であっても、その没頭を最大限に尊重する。さりげない種まき: 子供の興味に合わせて、良質な本や道具をそっと手の届くところに置いておく。
「可能性」という名の圧力で無理やり引っ張り上げるのではなく、子供が自ら伸びようとする力を信じて、良質な栄養(環境)を与え続ける。そんな「待てる親」でありたい…!
「子供は天才」という言葉を、圧力にしない
「子供は無限の可能性を秘めている」「子供はみんな天才」。
この言葉は本来、子供を解放する言葉であるはずなのに、いつの間にか「だから詰め込まなきゃ」という親への圧力に変わってしまうのは、とても怖いことです。
私にとっての「わが子を信じる」とは、親が不安から先回りして解決策(教材や塾)を与えすぎないことです。
焦らないこと: 周りのスピードに惑わされず、その子の発達に合った学びを待つ。
種をまくこと: 無理やり育てるのではなく、興味のきっかけ(図鑑や自然など)をそっと置いておく。
まとめ:選択肢の質を整え、子供が選ぶ時期を待つ
以前の記事でも触れましたが、親の役割は「選択肢の質を整えること」です。
世の中の「早さ」に合わせるのではなく、その子の成長の度合いや時期に適した栄養(環境)を与える。そして、芽が出るのをじっくりと待つ。
「可能性」とは、親が引き出すものではなく、整えられた環境の中で、子供が自ら見つけて広げていくもの。
そんな「信じて待つ」「よいタイミングで促す」育児を、これからも大切にしていきたいです。




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